6. 自己概念と自尊感情
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1. 社会心理学における自己
自分とはどのような人間かを定義したり、自分自身を評価したりするとき、それは他者との関係性や他者との比較を通して行われることが多い
社会環境(他者の存在)によって影響を受ける存在であるが、それは環境からの一方的な影響ではなく、その環境を人がどのように認識するかということに依存している(→1. 社会心理学とは何か) この社会的環境を認識する主体が、どのような知識や経験を有しているか、あるいは、どのような欲求、目標、信念をもとに他者に接しているかなどを理解しおく必要がある
社会環境を認識する主体
2. 自己概念
自己は2つの側面から検討されている
認知的側面
「私はこのような人間である」という自分に関する知識の集積、あるいは、自己定義
感情的・評価的側面
2-1. 個人的アイデンティティと社会的アイデンティティ
自己概念はさらに2つの側面に分けることができる
独自の特性(性格や能力など)から自分という個人を捉える
「私は明るい」「私はピアノが弾ける」
ある社会集団(社会的カテゴリー)の一員として自己を捉える
「私は日本人である」「私は○○会社の社員である」
自己概念としてこのような社会的アイデンティティを持っているがために、たとえば日本人が海外で評価されれば嬉しく感じるし、悪いことをすれば恥ずかしく感じる
自分が勤務する会社のために一所懸命働いて貢献しようとするのも、部分的にはその会社の評価が自尊感情を向上させるためだと考えられる(→11. 社会的葛藤) 2-2. 作動的自己概念と自己カテゴリー化
人が自分をどのように捉えるかは、状況に応じてダイナミックに変化する
自己には様々な側面があり、それぞれの側面が私達の思考や感情、行動に影響を与えるが、ある瞬間に自己のどの側面が影響を与えるかは、その瞬間に自己に関するどのような知識がアクセスしやすくなっているかに左右される
一時的に優勢になっている自己の知識
社会的アイデンティティが認識される場合も、どの社会的アイデンティティが特に顕著になるかは状況によって異なる
社会的カテゴリーは階層構造を持っており、一人の人物が同時に複数の社会的カテゴリーに含まれるため
外集団との際をできるだけ際立たせ、内集団の成員との類似性を明らかにしてくれる社会的アイデンティティが、その場において、自己の立場を最も明確にする自己概念となる 私達は自己が所属している集団のステレオタイプによって、自分自身を理解することがある 2-3. 関係的自己
自己概念は、状況によって変わるだけでなく、他者との関係性によっても変動する
特に過去および現在において、自分に対して重要な影響を与えてきた他者は重要他者と呼ばれ自己概念の一部を構成している 関係的自己はその人の信念や価値観、行動などを方向づけることがある
例えば母親(重要他者)があなたを努力家だと認識してる(とあなたが信じている)場合、あなたは母親の前では、努力家の自分を見せようとするだろう
また、何かしら重要他者の面影を感じるような他者に出会った場合、重要他者との関係性の中で構築された自己概念が顕在化し、それに沿った振る舞いが自然と生じてくることもある
重要他者は自己概念の一部を構成しているため、普通は自己に対して見られるはずの認知の歪み(バイアス)が、重要他者に対しても見られることがある 2-4. 自己スキーマと自己関連づけ効果
自己概念には、自己に関する様々な知識が含まれる
「過去の経験から作り出された自己についての認知的な概括」であり「個人の社会的経験においては自己に関連した情報の処理を体制化し、導くもの」(Markus, 1977) そのため自己スキーマの中核をなす情報が入力された場合には、効率的な情報処理がなされる
一般に記憶は、処理水準の深い情報処理を伴う記銘方略を採用するほど再生成績がよくなることが知られている しかし記憶課題を自己に関連づけて行う場合、その記憶成績は一段と向上する
これが自己関連づけ効果
実験参加者に40個の特性形容詞を順に見せる
10個については形態判断(フォントの大きさ)
10個については音韻判断(韻を踏んでいるか)
10個については意味的判断(類義語であるかを判断)
10個については自己関連性判断(自分にあてはまるか)
結果
自己関連性判断では、一般的にはもっとも再生率が高いといわれる意味判断よりもさらに高い記憶成績が見られた
自己関連性判断が、意味判断以上に深い情報処理を促していたことを示唆している
自己が組織化された知識の集積体であるからこそその知識との照合である自己関連性判断は、新たな情報を知識のネットワークの中に組み込み、記憶の再生を促したのだろう
自己知識はその質と量において、他の事物や人物に関する知識を圧倒しており、それゆえに自己関連づけ効果が生じるのだと考えられる
3. 自尊感情
3-1. 社会的比較
自分が自分に対して下す評価
実際、私達が行う自己評価の多くは客観的基準がないものが多い
自分より能力が高いなど、より望ましい状態にある他者と比較をするもの
自己を正確に評価したいという動機だけでなく、自己を向上させたいという動機を満たすものであるが、自分より有能な人と比較することによって、欠点や自分に不足しているものを思い知らされることとなるため、自尊感情を低下させる危険性をはらむ
自分よりも能力が低いなど、より望ましくない状態にある他者と比較をするもの
自分よりも不幸だったり、不遇だったりする他者と比較することで、自己評価を上昇させたいという動機を満たす効果も持つ
自尊感情が低い人や、気分が落ち込んでいる人、不治の病などを経験している人は下方比較を行いやすく、それによって不快な感情を改善させている
3-2. 自己評価維持モデル
自己について正確に評価したい、向上させたいという動機に加え、私達は自己評価を上昇させたいという動機を持っている
他者の存在は自己評価に重要な影響を与えるが、その影響は、比較過程と反映過程という2つの過程のいずれかに基づく
他者の遂行レベル(成績など)と自分自身の遂行レベルとを比較すること(社会的比較)により、自己評価を上下させる過程
他者の遂行を自己と結びつけ、同一視することによって、自己評価を上下させる過程
このうちどちらの過程が働くかは、3つの要因によって変わってくる
他者と自己の心理的距離
課題や活動の自己関連性の程度
自己と他者の相対的な遂行レベルの認知
例
他者の遂行レベル>自己の遂行レベル
自己関連性が高いとき
比較過程:自己評価が低下しないよう、他者との心理的距離を広げると、このモデルは予測する
自己関連性が低いとき
反映過程:心理的距離を狭める
もともと心理的距離が狭く、それ以上に距離を広げることができない場合(比較対象がきょうだいの場合など)
自己関連性が高い課題のときには、比較過程が働くため、自己の遂行を上昇させるか、他者の遂行レベルを低下させることで、自己評価を維持しようとすると、自己評価維持モデルは予測する
e.g. 兄弟で水泳をしていて、弟の方がタイムが早い場合、弟のタイムを抜くよう頑張ったり、弟の練習を妨害するなどするかもしれない
自己関連性が低い課題の場合は、反映過程が働くため、自己の遂行レベルを低下させたり、他者の遂行レベルを上昇させたりすることで、自己評価を高めることが予測される
e.g. 努力をやめて弟が良いタイムを出せるよう協力することで、素晴らしい選手の兄として高い自己評価を維持する
同じく心理的距離が狭い場合、他者の遂行が優れていて自己の関連性を下げる、他者の遂行が劣っていれば関連性を上げるといった方略も考えられる
e.g. 兄は早々に水泳に見切りをつけ、水泳は自分にとって重要な活動ではないと思い込む
e.g. 弟よりも自分のほうが勝っているなら、それを自分にとって重要な活動だと自己関連性を強く認識することで、自己評価を上げることもできる
3-3. 継時的比較
現在の自分の評価を維持・高揚するために、他者ではなく、過去の自己と比較すること
過去の自分が劣っていれば、相対的に現在の自分の評価を高めることができる
3-4. ポジティブ・イリュージョン
自己高揚動機は、自己を実際以上によく見るという幻想を生じさせる
過去の行為や自己の特性を実際以上に良いものと考える
自己の将来をバラ色と考える
外界に対する自己の統制力を過大に知覚する
テイラーによれば、ポジティブ・イリュージョンを持つ人は、そうでない人より落ち込みにくく、困難な過大にも長く挑戦するため、成功しやすいという
ただし、あくまでも幻想であることから、自己認知を歪ませ、不合理な判断や行動を生むこともある
また幻想によって自尊感情が過大に膨らめば、他者に対する攻撃性につながる(→9. 対人行動) しかし総じて、ポジティブ・イリュージョンは正常な人間の認識の範囲内のものであり、精神的健康に寄与する適応過程だとテイラーは主張している
抑うつ者はむしろ自己や社会を正確に認知しているのだという 世界を歪めてみているのはむしろ一般の人のほう
3-5. 自尊感情の機能的価値
自尊感情は、死の不可避性という存在脅威を緩衝する装置として機能すると考える理論
人間は高度な認知能力を身に着け、それによって自らの生存能力を高めたが、一方でこうした能力は同時に、自分がいずれ死すべき運命にあることを認識させるに至ったという
このような死の不可避性から生じる恐怖(存在脅威)に打ち勝つために、文化を発展させ、それによって世界に意味や秩序、安定性、永遠性を与えようとしたと考える
世界は永続しているという文化的世界観を持つことで、自分はただ死という運命に翻弄されるだけの存在ではないという意識が喚起され、存在脅威の不安が和らげられるという
しかし、文化的世界観が存在脅威の緩衝装置として働くためには、自分がその社会や文化の中で価値のある人間として認められることが必要
「自分は文化の中で価値がある存在として認められている」という感覚こそが自尊感情であり、私達は存在脅威から身を守るために自尊感情を維持・高揚しようとする
自尊感情は自分と他者との関係を監視する心理システムとみなす
主観的な自尊感情は他者(社会)からの受容の程度を示す計器(メータ)であり、高い自尊感情は他者から受容されているというシグナル、低い自尊感情は他者から排除されているというシグナルを示している 人がまだ厳しい自然環境の中で生活していた時代にあっては、社会を形成し、他者と社会的な絆を築くことは、自身の生存確率を高めるためにも、また子孫を残すためにも不可欠だったと考えられる
こうしたことから、円満な社会生活を営むためには、常に対人環境をモニターして、他者からの受容の脅威となるものがないかを調べる心理的システムを発達させる必要があったはず
ソシオメータ理論ではこの機能を果たすのが自尊感情だと主張する
私達が自尊感情の低下を嫌うのは、それが他者からの拒絶を意味するためであり、高い自尊感情を維持することによって、他者との絆を確認しようとしている
レアリーらは、こうした仮説のもとに実証研究を行い、自尊感情が社会的受容の程度に敏感に反応することや、公的な出来事が私的な出来事に比べ自尊感情への影響が大きいことなど、仮説を支持する結果を報告している(Leary & Baumeister, 2000)